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水戸地方裁判所 昭和55年(ワ)87号 判決

原告 入江せゑ

〈ほか五名〉

右原告六名訴訟代理人弁護士 細田英明

被告 有限会社南波留自動車整備工場

右代表者取締役 南波留五郎

〈ほか一名〉

被告両名訴訟代理人弁護士 片桐章典

主文

一  被告らは、各自、原告入江せゑに対し金一一二三万八二二二円、原告入江さと子、同かつ子、同健治に対し各金五五八万四一四八円及び原告入江邦光、同はつに対し各金一二〇万円並びにこれらに対する昭和五五年三月一二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、各自、原告入江せゑに対し金一四九一万二六九〇円、原告入江さと子、同かつ子、同健治に対し各金九六八万〇四六〇円及び原告入江邦光、同はつに対し各金二〇〇万円並びにこれらに対する昭和五五年三月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らと亡入江博(以下「亡博」という。)の関係

原告入江せゑは妻、原告入江さと子、同かつ子、同健治は子、原告入江邦光、同はつは両親である。

2  事故の発生

亡博は、昭和五三年一〇月二九日午前一〇時五〇分ごろ、茨城県東茨城郡茨城町長岡三〇八四番地の被告有限会社南波留自動車整備工場(以下「被告会社」という。)長岡工場内において、コンクリートパイル(直径三五センチメートル、長さ約一〇メートル、重さ約二トン)を地中に打ち込む作業に従事していたところ、被告会社の従業員である訴外滑川保雄(以下「滑川」という。)の運転する掘削機が右コンクリートパイルを地上に吊り上げた際、右掘削機のワイヤロープが突然切れて右パイルが横倒しとなり、亡博は、その下敷きとなったため、大腿骨盤部広範性挫創の重傷を負い、出血多量により同日午前一一時四七分茨城県水戸市内の水戸中央病院において死亡した(以下本件事故という。)。

3  被告らの責任

(一) 被告会社従業員の滑川の過失

滑川は、重量物であるコンクリートパイルを掘削機で持上げるに際し、その安全性を配慮し、コンクリートパイルに巻きつけるワイヤロープが充分その持上げに耐え得る程の強度を有しているものであるか否か、特にワイヤロープが切れてコンクリートパイルが落ちるおそれがないかどうかを確認し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったのに、これを怠り、老朽化したワイヤロープを使用した過失により、本件事故が発生した。

(二) 被告会社の責任

被告会社は、被告会社の従業員である滑川が被告会社の職務の執行中に前記過失により本件事故を発生したものであるから、民法七一五条一項により損害賠償責任を負う。

(三) 被告南波留五郎の責任

被告南波留五郎(以下」「南波留」という。)は、被告会社に代わって事業を監督する者であったから、民法七一五条二項により、代理監督者として損害賠償責任を負う。

4  原告らの損害

(一) 亡博の逸失利益

亡博は、死亡当時三七才の健康な男子で、農業その他の臨時の仕事に従事していたもので、労働省統計情報部の昭和五三年賃金センサス第一巻第一表記載の産業計、企業規模計、新中卒男子全年令平均年収は金二七一万八八〇〇円であり、亡博の収入も、その額を下らなかったものである。亡博の生活費は年収の三〇パーセントが相当であるから、純年収は金一九〇万三一六〇円となり、本件事故によって死亡しなければ六七才までなお三〇年間就労可能であったから、その逸失利益を新ホフマン式計算によって年五分の中間利息を控除し(係数一八、〇二九)、死亡時の一時払額に換算すると、金三四三一万二〇七一円となり、これが亡博の本件事故による逸失利益である。

原告せゑは、妻として三分の一の金一一四三万七三五七円を、原告さと子、同かつ子、同健治は子として、それぞれ九分の二の金七六二万四九〇四円を各相続した。

(二) 葬儀費用

原告せゑは、亡博の葬儀費用として金四〇万円を支出した。

(三) 慰藉料

亡博は、原告ら一家の大黒柱として稼働し、原告らの信頼を一身に集めていたものである。原告らは亡博の急な事故死により、失望と悲嘆のどん底につきおとされた。その精神的苦痛に対しては、原告せゑにつき金四〇〇万円、原告さと子、同かつ子、同健治につき各金二五〇万円、原告邦光、同はつにつき各金二〇〇万円の慰謝料が相当である。

5  損害の填補

原告せゑは、労働者災害補償保険より葬祭料金二五万八〇〇〇円を受領したので、前項の損害に充当し、さらに、原告せゑ、同さと子、同かつ子、同健治は右保険より特別支給金二〇〇万円を受領したので、原告せゑは三分の一の相続分金六六万六六六七円を、原告さと子、同かつ子、同健治は各九分の二の相続分金四四万四四四四円をそれぞれ前項の損害に充当した。

6  よって、被告らに対し、原告せゑは、4項(一)ないし(三)の損害合計金一五八三万七三五七円から5項の保険金九二万四六六七円を控除した金一四九一万二六九〇円、原告さと子、同かつ子、同健治は各自4項(一)及び(三)の損害合計金一〇一二万四九〇四円から5項の保険金四四万四四四四円を控除した金九六八万〇四六〇円及び原告邦光、同はつは、各自金二〇〇万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年三月一二日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第一項の事実は不知

2  同第二項の事実は認める。ただし、掘削機のワイヤロープが切れたことは否認する。コンクリートパイルに巻きつけた玉掛け用ワイヤロープが切れたものである。

3  同第三項(一)の事実は否認する。後記のとおり滑川に過失はなかった。

4  同第三項(二)のうち滑川が被告会社の従業員だった点は認め、その余の事実は否認する。後記のとおり本件の基礎杭打ち工事は亡博に請負わせたものであるから、滑川に被告会社の業務執行性がない。

5  同第三項(三)の事実は否認する。

6  同第四項の事実は争う。

7  同第五項中、金員受領の事実は認め、その余の事実は不知

三  被告らの主張

1  滑川に被告会社の業務執行性がなかったこと及びその無過失

被告会社は、長岡工場が老朽化したため新築工事をすることになり、昭和五二年暮頃その基礎工事を亡博に請負わせた。本件の基礎杭打込み工事は請負人の亡博の指示のもとに行われた。本件事故は、右工事の初日に発生した。亡博は、コンクリートパイルに玉掛け用ワイヤロープを巻き、掘削機のワイヤロープに結びつけて、滑川に吊り上げるように命じた。滑川は、コンクリートパイルを打込み場所まで移動し、地上に降ろしたが、ポイントが合わなかったので、右パイルを地上五〇センチメートル位まで上げたところ、突然右パイルに巻きつけてあった玉掛け用ワイヤロープが切れ、右パイルが倒れ、亡博が下敷きになった。本件事故が、古い玉掛け用ワイヤロープを使用したことに起因したとすれば、右ロープは亡博が持参したものであるから(同人は被告会社が用意した新品のものを使用しなかった。)、同人の過失によるものである。即ち、本件事故は亡博の請負業務の執行中その過失により発生した事故であり、被告会社の業務執行とは関係がなく、かつ滑川に過失がなかった。

2  過失相殺

仮りに滑川に過失があったとしても、

(一) 本件事故は、亡博が、被告会社の用意した新品のワイヤロープを使用せず、耐久性の劣る古いワイヤロープを使用した結果起きたものであり、亡博に過失がある。

(二) 亡博は、玉掛け用ワイヤロープが切れ、コンクリートパイルが倒れかけたとき、状況判断を誤り、右パイルの倒れる方向へ走り出して下敷きとなって、本件事故に至ったものであるから、同人に過失がある。

四  被告の主張に対する認否

1  同第一項のうち掘削機の運転操作を滑川が操作したこと、亡博が倒れたコンクリートパイルの下敷きになったことは認め、被告会社が新品の玉掛け用ワイヤロープを用意したこと、亡博が右ワイヤロープを使用せず、自己が用意した古い玉掛け用ワイヤロープを使用したことは否認し、その余の事実は不知。亡博は昭和五三年九月一日から被告会社の臨時の日雇作業員として雇われ、一日六〇〇〇円の日当を得ていた。同人はワイヤロープを所有したことはない。

2  同第二項の亡博に過失があった事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告らと亡博の関係

《証拠省略》によれば、原告せゑは亡博の妻、原告さと子、同かつ子及び同健治は子、原告邦光、同はつは両親であることが認められる。

二  本件事故の発生

亡博が、昭和五三年一〇月二九日午前一〇時五〇分ごろ、茨城県東茨城郡茨城町長岡三〇八四番地の被告会社長岡工場内において、コンクリートパイル(直径三五センチメートル、長さ約一〇メートル、重さ約二トン)を地中に打ち込む作業に従事していたところ、被告会社の従業員である滑川の運転する掘削機が右コンクリートパイルを地上に吊り上げた際、右パイルが横倒しとなり、亡博は、その下敷きとなったため、大腿骨盤部広範性挫創の重傷を負い、出血多量により同日午前一一時四七分茨城県水戸市内の水戸市中央病院において死亡した事実は、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すれば、本件事故は、滑川が掘削機を操作してコンクリートパイルを地上に吊り上げた際、右パイルに巻きつけた玉掛け用ワイヤロープ(以下、本件ロープという。)が突然切れたために発生したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  被告らの責任

1  被告会社の責任

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被告会社は、従業員一二、三名を使用して自動車の修理整備業をするものであるが、老朽化した長岡工場の新築工事のため、昭和五三年一〇月二九日基礎杭打ち工事に着工した。被告南波留は、被告会社の代表者たる取締役であり、当日工事現場に来て工事の模様を見ていた。右工事には、被告南波留に頼まれて手伝いにきた同被告の弟の富夫、従弟の文明のほか被告会社の従業員の滑川、臨時作業員の亡博が従事した。右基礎杭打ち工事は、掘削機を操作してコンクリートパイルを地中に打ち込む作業であり、滑川が右掘削機を操作した。(掘削機の形状は、キャタピラの全長が三・六メートル、高さが三メートル、幅が二・九三メートルあり、それに全長一三・二メートルのブーム(ジブ)と全長一二・四メートルのリーダーが組合わされている。)。亡博は、右基礎杭打ち工事のために被告会社に日給六千円で雇われていた。滑川は、まず一本目のコンクリートパイルを打ち込むため、掘削機を運転して工場敷地内に置いたコンクリートパイルに近付け、亡博が右パイルに本件ロープ(両端が輪になったもので全長が約二・〇一メートル、太さが一センチメートル、六本の鋼鉄線を編んだもの)を巻きつけてから、掘削機を操作して右パイルを吊り上げ、打ち込み場所に下ろしたところ、亡博がもう少し手前、即ち同人寄りに移動するように合図をしたので、また掘削機を操作して右パイルを吊り上げたところ、突然本件ロープが切れた。右パイルは東側に倒れ、亡博がその下敷きになった。右の切れた本件ロープは古いものであった。(右ワイヤロープはリーダー上部のフックにその切れ端が残っており、その長さが一・〇五メートルであり、残部がほどけた状態でコンクリートパイルの下部にあり、その長さが〇・六六メートルであった。)被告会社の工事現場には本件事故当日玉掛け用ワイヤロープが四、五本用意されていたが、そのうち新品のものは二本で、そのほか古いものであった。亡博は玉掛け技能の有資格者(労働安全衛生法六一条一項、同法施行令二〇条一三号、クレーン等安全規則二二一条参照)でなかった。

《証拠省略》中に、被告会社は本件基礎杭打ち工事を亡博に請負わせたものであるとの各供述が存在するが、後記のとおり右各供述は採用できず、その余に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

前記認定の事実に基づき本件事故の原因を検討するに、掘削機で一たんコンクリートパイルを吊り上げ目的地点に下し、再度吊り上げる途中で突然本件ロープがそのパイプに巻きつけた部分で切れたこと、右コンクリートパイルの重量が約二トンあったこと、本件ロープが使い古しのものであったことを総合して考えると、本件ロープの強度が弱くなっていたために重量物のコンクリートパイルの荷重に耐え切れず切断したものと推認される。右認定を左右するに足りる証拠はない。《証拠省略》によれば、掘削機のリーダーの下端から四・八三メートルの部分に摩擦痕があることが認められるが、右摩擦痕が何によって生じたものであるか明らかでない。)。

そこで更に検討を進めると、前記認定によれば、本件工事の基礎杭打ち工事には、被告会社従業員の滑川のほか臨時作業員の亡博、手伝いに来た被告南波留の弟の富夫、従弟の文明が従事し、滑川が右基礎杭(コンクリートパイル)打ち用の掘削機を運転操作し、亡博が右パイルの玉掛けをしたものであるから、右事実関係に基づき考察すると、滑川が右作業の責任者たる立場にあったもの、換言すれば、その限りでは事業主の代行者たる立場にあったものと認定されるので、同人は、右作業にあたりひとり掘削機の運転操作についてのみならず、基礎杭用のコンクリートパイルの玉掛け用ワイヤロープについても、亡博が玉掛け技能の有資格者でないのであるから、重量物であるコンクリートパイルの重量を考慮し、右ワイヤロープが充分その持上げに耐え得る程の強度を有しているものか、特にワイヤロープが切れるおそれがないかを事前に点検する等して不測の事故の発生を防止すべき注意義務があったというべきであるのに(クレーン等安全規則二二〇条参照)、玉掛け用ワイヤロープについて事前に点検することなく(これを認めるに足りる証拠はない。)、亡博が現場に置いてあった古い本件ロープを使用するのを看過し、その結果右ロープが切れて本件事故に至ったものと認定されるのであるから、滑川に事前に右の玉掛け用ワイヤロープの点検を怠った過失があったといわねばならない。

そうすると、本件事故は、被告会社の従業員の滑川がその業務執行中に生じたものであり、かつ、右事故の発生について同人の過失を免れることはできず、その間に因果関係があると認定されるので、民法七一五条一項により、被告会社は本件事故によって原告らが受けた損害を賠償する義務があるといわねばならない。

被告らは、被告会社は本件基礎杭打ち工事を亡博に請負わせたものであるから、滑川は亡博の指示のもとに作業していたものであって、滑川に被告会社の業務執行性がなく、かつ、切れた本件ロープは亡博が持参したもので、被告会社の用意したものでないから、本件事故が古い玉掛け用ワイヤロープを使用したことに起因したとすれば、それは亡博の過失であり、滑川の過失ではない旨の主張をする。

まず前者についてみると、《証拠省略》中に、被告会社は亡博に本件基礎打ち工事を手間賃八〇万円で請負わせた旨の各供述が存在するが、前記認定によれば右工事は掘削機を操作してコンクリートパイルを地中に打ち込む工事であって、掘削機の運転操作は被告会社の従業員滑川が担当し、亡博はコンクリートパイルの玉掛けに従事し、そのほか右工事を手伝った南波留富夫、同文明はいずれも被告南波留の身内であって同被告から頼まれて本件工事に従事した関係にあったのであるから、右事実に徴すると亡博が本件基礎杭打ち工事を請負い、同人の責任において右工事を施工したものとは到底いうことはできないといわざるを得ないので、前記各供述は採用できない。

次に後者についてみると、証人滑川保雄の証言中に、本件ロープは亡博が持参したものであるとの供述があるが、《証拠省略》によれば、亡博がワイヤロープを自宅で所持保管した事実はないとの供述があり、証人南波留富夫の証言によれば、同人が本件事故日の朝亡博を自動車に同乗させて工事現場に来たものであり、その際同人がワイヤロープを持参した記憶がないとの供述をしていることを併せ考えると、証人滑川の前記供述はいまだ採用し難いといわねばならない。

以上の次第であるから、被告らの前記主張は採用できない。

2  被告南波留の責任

前記認定によれば、被告南波留は、被告会社の代表者たる取締役であり、かつ、本件基礎杭打ち工事の現場に臨んでいたのであるから、同被告は、被告会社に代わって右工事を監督すべき個別的具体的義務を負っていたものと認定するのが相当である。

そうすると、被告南波留は、民法七一五条二項により代理監督者として本件事故による損害賠償責任を負うことになる。そして被告会社の責任と代理監督者の責任は不真正連帯債務の関係にあると解するのが相当である。

四  原告らの損害

1  亡博の逸失利益

《証拠省略》によれば、亡博は死亡当時三七歳の健康な男子であったことが認められるので、本件事故により死亡しなければ、六七歳までなお三〇年間就労可能であり、そうすると、労働省統計情報部作成の昭和五三年度賃金センサスによれば、産業計、企業規模計、新中卒男子全年令平均年収は金二七一万八八〇〇円(月額支給額一八万四五〇〇円×一二+賞与等五〇万四八〇〇円)であるから、亡博も同額の収入を得られたものと推認される。さらに、亡博の右稼働期間を通じて控除すべき生活費は四割が相当であるから、以上を基礎に中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いて死亡時における亡博の逸失利益を計算すれば金二九四一万〇八三六円(二七一万八八〇〇円×(一-〇・四)×一八・〇二九三)となる。

右逸失利益について、妻の原告せゑは三分の一の金九八〇万三六一二円を、子の原告さと子、同かつ子、同健治はそれぞれ九分の二の金六五三万五七四一円を各相続したことになる。

2  葬儀費用

弁論の全趣旨に徴し、亡博の葬儀費用として、妻の原告せゑが葬儀を主宰し、金四〇万円を下らない費用を支出したものと認定するのが相当である。

3  慰藉料

《証拠省略》によれば、亡博は、一家の主柱として稼働していたものであるから、その急な事故死により原告せゑ、同さと子、同かつ子及び同健治が受けた精神的苦痛は多大なるものがあること、《証拠省略》によれば、原告邦光、同はつは長男の亡博と同一敷地内の別棟で生活をしていたものであるから、長男を本件事故で失ったことにより多大の精神的苦痛を受けたことはいずれも推認するに難くなく、各自の慰藉料として、原告せゑにつき金五〇〇万円、原告さと子、同かつ子、同健治につき各金一〇〇万円、原告邦光、同はつにつき各金一五〇万円が相当である。

4  過失相殺

(一)  被告らは、本件事故の際、亡博が被告会社の用意した新品のワイヤロープを使用せず、耐久性の劣る古いワイヤロープを使用した過失があると主張する。前記認定によれば、被告会社は、本件事故現場に玉掛け用ワイヤロープを四、五本用意し、そのうち二本は新品で、他は古いものであったから、亡博としてもその使用する玉掛け用ワイヤロープを点検して新品のものを使い、古いものについては工事責任者の滑川なり、現場に来ていた被告南波留なりの指示を仰ぐ等を注意すべきであったと考えられるので、亡博に右注意を怠った過失があるというべきである。

(二)  次に被告らは、亡博が状況判断を誤り、パイルの倒れる方向に走りその下敷になったものであるから、同人に過失があると主張する。しかし、掘削機でコンクリートパイルを吊り上げる途中巻きつけたワイヤロープが切れ、パイルが倒れてくるときに、とっさにどの方向へ逃避すべきか適切な判断をすることは困難であると考えられるから、亡博が結果的にコンクリートパイルの倒れる方向に逃げたとして同人の過失とするのは相当でない。

(三)  結局亡博の過失としては、前記(一)が認められるが、その過失割合としては二割とみるのが相当である。そうすると、原告せゑの損害は金一二一六万二八八九円(前記1ないし3の合計一五二〇万三六一二円×(一-〇・二))、原告さと子、同かつ子、同健治の損害は各金六〇二万八五九二円(前記1と3の合計七五三万五七四一円×(一-〇・二)、原告邦光、同はつの損害は各金一二〇万円(前記3の損害金一五〇万円×一-〇・二))となる。

5  損害の填補

労働者災害補償保険より、葬祭料及び特別支給金として、原告せゑが合計金九二万四六六七円を、原告さと子、同かつ子、同健治が各金四四万四四四四円を本件事故の損害の填補として支払を受けたことは原告らの自認するところである。そうすると原告邦光、同はつを除くその余の原告ら各自の損害金残額は原告せゑが金一一二三万八二二二円、原告さと子、同かつ子、同健治が各金五五八万四一四八円となる。

五  結論

よって、原告らの請求は、被告各自に対し、原告せゑは金一一二三万八二二二円、原告さと子、同かつ子、同健治は金五五八万四一四八円、原告邦光、同はつは各金一二〇万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年三月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平)

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